東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)166号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯(原告が訂正案のように特許請求の範囲を訂正したい旨申し出たことを含む。)、本願発明の要旨および本件審決の理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者双方および被告補助参加人間に争いないところである。
(審決を取り消すべき事由の有無)
二 原告が、本訴において本件審決を取り消すべき事由として主張するところは、*訂正案を採用して訂正命令を発する必要があるにも拘わらず、これを発しないで訂正されない明細書に基づき引用例から容易に推考しうるものとした審決は違法であるとするものであるところ、右訂正案による発明もなお引用例から当業者が容易に推考しうる程度を出ないことは、つぎに説示するとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。すなわち、
原告主張の(一)の点について
オゾニドの分解と同時酸化については、成立に争いのない甲第一五号証(第一引用例)には、「オレイン酸オゾニドを酸化剤の存在下に煮沸することによりできるだけ定量的にカルボン酸形成の方向に導く方法」について記載され、「このようなオゾニドは、酸化銀の熱アルカリ性懸濁液を攪拌しながら、これに滴下し、その後数時間その温度で攪拌を続けると、容易に、しかも実際的に、定量的に酸化分解できる。」旨記載(第六五七頁一行目以下)されており、これはオレイン酸オゾニドの分解と同時酸化の技術を示すものというべく、さらに成立に争いのない甲第一六号証(第二引用例)には、「オレイン酸にオゾン含有酸素を作用させてオゾニドとし、ついでこれにさらにオゾン含有酸素を作用させてオゾニドを分解酸化し、生成物からペラルゴン酸とアゼライン酸とを製造する方法」についてフローシートが記載され、これによれば単一のオゾニド分解器によりペラルゴン酸とアゼライン酸とが生成することが認められ、同号証には、さらにオゾニドの分解酸化の反応式としてC8H17CHO―O-CHO(CH2)7COOH+O→C8H17COOH+C7H14(COOH)2 〔C8H14(COOH)2とあるは誤記と認める。〕
が記載されており、これらは相まつて、オゾニドの分解と同時の酸化を示すものということができ、これは公知の技術といわなければならない。つぎに、ガス状酸素の使用についてみるに、成立に争いのない甲第八号証および第一〇、第一一号証によれば、オゾニドは八〇~一二〇℃で加熱分解すること、オゾニドは加熱分解の際にアルデヒドを生成することが、また、成立に争いのない甲第一二号証ないし第一四号証によれば、同じ温度範囲におけるアルデヒドの酸素による酸化が、いずれも本願出願前公知であつたことが認められるから、右温度におけるオゾニドのガス状酸素による分解酸化はこれらの公知技術から容易に推考しうるものというほかはない。なお、原告は、(一)の技術によればアゼライン酸の収率が一〇%増大すると主張し、甲第三号証および第一七号証の一にはこれにそう記載があるが、いずれも比較された方法について、反応条件、収率等の具体的記載が全くないので、採用し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、オゾニドをガス状酸素により分解と同時に酸化することも、前記公知技術から容易に推考しうるものというほかはない。
原告主張の(二)の(イ)の点について
いずれもその成立に争いのない甲第三号証および第五号証の四によれば、オレイン酸をオゾンで酸化する際にペラルゴン酸を希釈剤として使用することは公知であることが認められ、成立に争いのない丙第三号証の一ないし五および弁論の全趣旨によれば、溶剤を循環使用することは、本件出願の基準となる米国特許出願前において周知の手段であるから、(イ)の点はこれらの技術から容易に推考しうるものというべきである。
同じく(イ)、(ロ)および(ハ)の結合の点についてみるに、これらを結合したものを、前記認定の第二引用例記載のオレイン酸をオゾン酸化してペラルゴン酸とアゼライン酸とを製造する方法(前記甲第一六号証によれば、各工程は連続的に行なわれるものと推認される。)と対比すると、(あ)ペラルゴン酸の循環使用および(い)ガス状酸素で酸化する点が相違するだけであるところ、(あ)および(い)の点が各別には特許要件を具えないことは前説示のとおりであるから、右第二引用例記載の方法に、同じくオレイン酸のオゾン酸化に関する(あ)の技術および類似の酸化方法である(い)の技術を適用することは、容易に推考しうるところであり、しかも、これらを前記方法に適用することにより、それぞれの有する本来の効果のほかに顕著な附加的効果を奏することを認めうる証拠もないから、(イ)、(ロ)および(ハ)を結合したものも公知技術から容易に推考しうるものというほかはない。
したがつて、本願発明は、訂正案によつても、引用例および前記周知の技術から当業者が容易に推考しうる程度のものとみるを相当とする。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
不飽和脂肪酸のみ又は飽和脂肪酸と混合されてなお不飽和特性を示す脂肪酸をオゾン化されたガス状酸素と二五~四五℃の温度で反応させてオゾン化し、次にその生成したオゾン化物を実質的にオゾンを含有せざるガス状酸素で七五~一二五℃の温度で酸化することを特徴とする不飽和脂肪酸及び不飽和特性を有するその誘導体より脂肪族カルボン酸を製造する方法。
本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、F・アジンガーの「オゾニドの定量的酸化分解方法」と題する論文(昭和二五年一二月一四日東京工業試験所受入のベリヒテ・デル・ドイツチエン・ヒエミツシエン・ゲゼルシヤフト七五巻第六五六~第六六〇頁に掲載。以下「第一引用例」という。)には、「不飽和化合物の二重結合の位置の決定にオゾン化方法が応用される。オゾニド分解でカルボン酸を生成させることができる。酸化剤存在下で加熱してオゾニドを酸化分解することは、オレイン酸の例によつて研究された。このための酸化剤として多くのものが研究されたが、アルカリ性過マンガン酸カリ溶液とアルカリ性過酸化水素水が比較的良好である。酸化銀の熱アルカリ懸濁液を使用すると、オゾニドは定量的に酸化分解される。オレイン酸を酸化銀で酸化分解すると、ペラルゴン酸とアゼライン酸が生成する。」と記述されている。
そこで本願発明の要旨と第一引用例の記載とを対比すると、両者は不飽和脂肪酸をオゾン化した後、オゾニドを酸化剤存在下で分解して脂肪族カルボン酸を生成せしめる方法である点で一致し、僅かに酸化剤としてオゾンを含有しない酸素を使用すること、オゾン化および分解の温度条件その他が後者に明示されていないだけである。
ところが、不飽和脂肪酸のオゾニドを得るために、これを酢酸のような飽和脂肪酸に溶解し流動性に保ち約四〇℃の微温下にオゾン化空気を作用させること、オゾニドを八〇~一二〇℃に加熱すると分解して種々の酸性物質その他を生成すること、不飽和脂肪酸の誘導体もオゾン化した後酸化分解処理に付してカルボン酸を生成しうること等は、それぞれ「油酸の構造および脂肪に及ぼすオゾンの作用」と題する論文(大正一四年二月東京工業大学受入のベリヒテ・デル・ドイツチエン・ヒエミツシエン・ゲゼルシヤフト三九巻第二七三五~第二七四一頁に掲載)および「油脂とオゾンとの反応」と題する論文(昭和二六年八月発行の工業化学雑誌五四巻第八冊に掲載)等に記載されているから、結局、本願発明の方法は上記各引用例の記載から、当業者が発明力を要しないで容易に到達しうるものであり、発明とは認められない。
なお、抗告審判請求人(原告)は、明細書の特許請求の範囲の記載を別紙案(以下「訂正案」という。)のとおり訂正の用意ある旨を明らかにしているが、異議申立人(被告補助参加人)の提出した甲号各証(甲第八号証ないし第一六号証)の記載および生成ペラルゴン酸の性質からみて、その必要がない。
したがつて、本願は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の特許要件を具備しないものと認める。
〔編註その二〕 本判示中の「訂正案」とは左のとおりである。
「特許請求の範囲」訂正案
オレイン酸を包含する不飽和の脂肪酸を原料としてそれからペラルゴン酸、アゼライン酸およびその他の脂肪族カルボン酸を製造するにあたり、上記供給原料とペラルゴン酸との液状混合物を二五℃~四〇℃の温度に保持されている第一の反応帯に連続的に通過させると同時にオゾン化されたガス状の酸素を上記反応帯を通過させてこの混合物と向流的に接触させ、これによつて上記不飽和脂肪酸をオゾンと反応させてオゾニドを生成せしめ(上記反応帯を通過する二つの反応体の流れの相対的な速度はオゾンが実質上オゾニドの最高の生成をもたらすように調節される)、第一の反応帯からの液状のオゾニド含有流出液を七五℃~一二〇℃の温度に調節されている第二の反応帯中に連続的に通過させてこの第二の反応帯に同じく連続的に導入させるガス状酸素の流れとその中で接触させ、これによつて上記の第二反応帯を通過するオゾニドの分解とこの分解生成物の酸化とを同時に行なわせ(この第二の反応帯に導入させる酸素ガスの量は上記の温度すなわち七五℃~一二〇℃を保つためにこの反応帯の外部冷却を必要とするに足る反応熱を発生するように調節される)、第二反応帯からペラルゴン酸、アゼライン酸およびその他の脂肪族カルボン酸を含有する酸化生成物の流れを連続的に取り出し、そして生成物の流れから回収されたペラルゴン酸の一部分を入つてくる不飽和脂肪酸供給原料との混合物とするために第一の反応帯に再循環させる(このように再循環されるペラルゴン酸の量は第一の反応帯で生成された脂肪酸オゾニド混合物の粘度を著しく減少させるに充分である量とする)ことを特徴とするペラルゴン酸、アゼライン酸およびその他の脂肪族カルボン酸の製法。